露出計の省略

1965年の7月、ニコマートFTと同時発売の形でニコマートFSが発売された。これはニコマートFTからTTL露出計を取り去ったもので、ニコマートFTの弟分のような存在だ。

このように露出計を内蔵したメインの機種の弟分として、露出計を取り去った機種を出すことは、他のメーカーにも多くの例がある。キヤノンはFXという外光式のCdS露出計内蔵連動のカメラを1964年4月に発売したが、同じ1964年10月に内蔵露出計を取り去ったキヤノンFPというカメラを出している。価格はFXが50mm F1.8のレンズ付きで44,800円であったのに対し、FPは50mm F1.8付きで37,800円と、7,000円の差があった。

同様にTTL露出計を内蔵したペンタックスSPにはペンタックスSLという露出計なしの機種があり、トプコンREスーパーにもトプコンRSが、外光式のシャッター速度優先AE機のコニカオートレックスにはオートレックスPが…と、多くのメーカーでこのような兄弟機を展開していたのだ。ニコマートFSもその例にならったものと思われる。

弟機の意味

では、各社が揃ってこのような露出計のない機種を出したのはどのような理由からなのだろうか?

露出計が内蔵される前は、多くのユーザーは経験とカンで露出を決めていた。時刻だとか天気、街中か海辺かなどのシチュエーションから適正なシャッター速度や絞りを判定することができるのだ。そのようなユーザーには内蔵露出計はいらない。微妙な場面で判断が難しいときだけ単独露出計を使えばよい。そのようなユーザー向けに露出計なしのモデルを出したものと推測される。実際キヤノンの歴代機種を紹介したWeb「CANON CAMERA MUSEUM」にもキヤノンFPに関して「内蔵露出計は馴染まない、不要だと希望するプロ写真家のニーズに応えるべく開発された機種」との解説がある。

もう一つの理由としては、エントリー向けのものがあっただろう。これから一眼レフを使ってみようというユーザー、特に写真学校の学生のような層により購入しやすく安価なモデルを提供するということだ。露出計が内蔵されていなければシャッター速度や絞りといったことを勉強する機会を提供することにもなる。

ニコマートFS[ニコンの系譜] Vol.09説明写真
シャッターダイヤルがレンズマウント周囲にあるのはニコマートFTと同じだが、フィルム感度設定の目盛りがないためすっきりしている。ダイヤルに設けられたノブもギザのあるものに変更された

外付け露出計

ただ、他社の場合はこれらの露出計のない機種を出すにあたって、アクセサリーとして外付けの連動露出計を提供するのが常であった。ペンタックスSLにはカメラ上面のペンタ部の屋根にかぶせるような形の外付け露出計が用意されていたし、キヤノンFPもなんとなくニコンFのフォトミックファインダーを連想させるような外光式のCdS露出計が装着できるようになっていた。しかし、ニコマートFSにはそのような配慮がなされていなかったのである。

なぜかは容易に想像がつくだろう。ニコマートFTおよびFSは、コパルスクエアSのユニットフォーカルプレンシャッターを採用するにあたってシャッターダイヤルをレンズマウント周囲のリングとした。コパルスクエアがS型になってシャッターダイヤル軸がボディ前後方向の回転軸になったことへの対策としてとのことだが、こうすることによってレンズシャッターカメラと同様の操作性を実現できるとともに露出計の連動面でもシンプルな機構になり、大変合理的な選択だったのだ。ところが外付けの連動露出計を作る上ではこれが裏目に出た。

ニコンFやニコレックスFのニコンメーターと同様の形でレンズのカニ爪の動きを外付け露出計に伝えることはできるだろうが、それと同軸にあるシャッターダイヤルの回転をも同じように外付け露出計に伝えなくてはならないわけで、できないことはないだろうが、かなり複雑でデリケートなメカになることが想像される。どうかするとニコンF用のフォトミックファインダー並みのコストや大きさになってしまうため、開発を断念したのではないだろうか?同じコパルスクエアSを採用しながら単純にカメラ前面にシャッターダイヤルを突き出させたコニカオートレックスPが、非常にシンプルな外付け露出計を提供しているのをみると、何か皮肉なものを感じる。

ニコマートFS[ニコンの系譜] Vol.09説明写真
ミラーアップが省略されたので、ミラーアップレバーがなくなり、その跡は黒い板で蓋をされている

ニコマートFTとの違い

ニコマートFTとはほとんどの部分で共通しているが、露出計を省略したことで上カバーの露出計窓がなくなり、底カバーの電池蓋の開口がなくなっている。これらはプレス工程の一部省略で対応したものと思われる。その他外観ではシャッターダイヤルに設けられたレバーにギザがあるところがニコマートFTと異なっている。

ニコマートFTもそうだが、上カバーのフィルムカウンター窓にあるアクリル製の凸レンズに、途中から金属リングが付加されている。これは巻き上げレバーを収納したときにその先端でカウンター窓のレンズを傷つけてしまうことがあるので、その対策であった。

ちょっと解せないのが、ニコマートFTにあったミラーアップ機構がニコマートFSでは省略されていることだ。ミラーアップの目的は音や振動の軽減ということもあるが、主なものは超広角レンズや魚眼レンズを使うためであった。一眼レフの黎明期はまだレトロフォーカスタイプの広角レンズの技術が十分でなかったため、25mmぐらいが広角レンズの限界であった。それより焦点距離の短いレンズはミラーを上げて固定して使っていたのだ。当然一眼レフのファインダーは使えないので、外付けの透視ファインダーを用いる。ニコンの場合だと21mm F4や8mm F8の魚眼レンズなどがミラーアップで使用するレンズとして供給されていた。ところがニコマートFSではミラーアップ機構を省略してしまったため、これらのレンズが使えないのだ。

コストダウンのためにミラーアップ機構を省略したのかもしれないが、関連するのは数点の部品のみでどれほどコストダウンに寄与したか疑問である。むしろキヤノンFPのようにプロ写真家を意識したのなら、残すべきではなかっただろうか?実際、キヤノンFPにはミラーアップ機構が省略されずに残っている。

ニコマートFS[ニコンの系譜] Vol.09説明写真
レンズを外すと11時の位置に四角い突起が見えるが、これが21mmレンズ用の回転止めのキーである。ニコマートFSにも設けられているが、ミラーアップができないので、21mmのレンズは使えない

21mmレンズ用のキー

ミラーアップを必要とするレンズの内、21mm F4は構造上フォーカシング時の回転止めキーをレンズに備えていない。そのため歴代のニコンFマウントを備えたカメラは、ボディ側マウント内部の正面からみて11時の位置に21mm用の回転止めキーが設けられていた。実はそのキーがミラーアップ機構を持たないニコマートFSにもあるのだ!兄貴分のニコマートFTのボディダイカストをそのまま流用したためキーも残ったということだろうが、何かちぐはぐな感じがする。

なお、この21mmレンズ用のキーはその後もニコンF3にいたるまで設けられており、AFの時代になって電気接点の邪魔になるため取り去られた。

ニコマートFS[ニコンの系譜] Vol.09説明写真
ニコマートFTと同様にフィルムカウンター窓に樹脂製のレンズが設けられているが、巻き上げレバーの先端で傷をつけてしまう。後に金属製の飾りリングが追加された

豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。