Macをものつくりに活用~鳥人間コンテストで優勝を目指す東工大の「Meister」[Report NOW!]メイン写真

人力飛行機の競技会である鳥人間コンテストの常連参加団体としても有名な東京工業大学のものつくりサークル「Meister(マイスター)」。コンテストの模様を実況したテレビ番組や、この春のAppleのテレビ・Web CM等を通じて、彼らの活躍を目にされた方も多いのではないだろうか。先入観かも知れないが、Macユーザーの代表的なペルソナというと、真っ先にアーティストやクリエイター層が思い浮かんでしまうものだが、理系である彼らが、ものつくりの現場でMacを活用していると知り、とても興味深く思った。

そこで今回は、この夏の大会に向けて、新しい人力飛行機制作の真っ只中のMeister電操班の皆さんに、Mac活用の実情についてお話を伺うため、初春のとある一日、東京工業大学大岡山キャンパス内にある同サークルを訪ねてみた。

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東京工業大学のものつくりサークルMeisterの皆さん。左から、代表の山﨑翔太さん(工学院機械系2年)。電操班のメンバーで、吉野昴さん(情報理工学院1年)、小笠原翼さん(情報理工学院1年)、西森勇也さん(情報理工学院数理・計算科学系3年/全体設計、電操班 OB)、横井風和さん(情報理工学院1年)、鈴木悠太さん(工学院機械系2年)、長谷部匠さん(工学院機械系2年)

東工大Meisterとは

東京工業大学のMeisterは、人力飛行機の制作を中心に活動を続けるものつくりサークルである。サークル名は、ドイツの高等職業能力の認定制度における有資格者や、職人の専門的技能を持った匠や名人のことを指す言葉である「Meister」に由来している。毎年、夏に行われる鳥人間コンテスト選手権大会(以下:鳥人間コンテスト)への出場を目標に掲げ、1992年に設立された。

鳥人間コンテストとは、人力飛行機の滞空距離を競う競技会で、滋賀県の琵琶湖が開催地である。読売テレビ放送が主催し、その模様は毎年、日本テレビ系列で放送されている。同大会は1977年以来、昨年までに45回開催され、Meisterは過去5回の優勝を誇っている。

現在、サークルの部員は36名ほど。メンバーをまとめて外部との交渉を担う「代表」のもと、以下の7つの部門とパイロットから構成されている。

  • 全体設計
    人力飛行機の全体的な設計を行う。設計のみならず、各班の製作の進捗管理や組み立て試験、テスト飛行のとりまとめも担う。
  • 翼班
    主翼はもとより、水平・垂直尾翼を含む翼の制作を行う。
  • プロペラ班
    プロペラの設計や周辺の部品を作る。プロペラはカーボンを積層して、磨いて作っていく。
  • P・フレーム班
    コックピットやパイロットが座る椅子やギアボックスを入れて機体に固定するカーボン製のギアボックス等を作る。cfrp製の機体の骨組みも作る。
  • フェアリング班
    人力飛行機のコクピットの外殻部品を作る。コックピットは、パイロットを直射日光から守り、空気抵抗を減らすことが求められるが、Meisterでは、発泡スチロールからの一体成型という形式をとっている。
  • 駆動班
    動力伝達部を担う部門。具体的には、パイロットがペダルを漕いだ力を、プロペラに伝達するためのギアを取り付けるギアボックスなどの制作を担当する。
  • 電操班
    電操班は、飛行中の機体の状態を測定・記録するための各種計測器を開発したり、機体の姿勢や向きを操作・制御する操舵機構を制作する。
  • パイロット
    ペダルを漕ぎ、人力飛行機を操縦して、飛ばす役割。準備期間も含めて、筋力と体重のバランスに留意しながら、体力増強と体調管理を心掛けている。
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Meisterの活動拠点の「Meister倉庫」。ここで機体の設計やパーツの組み立てなどを行っている

Meisterの年間の活動の流れ

Meisterの皆さんは、鳥人間コンテストにおける優勝を目指して、毎年、新しい機体の制作に取り組んでいる。前の年の飛行データを参考にして設計を検討し変更を施しながら、毎回、ほとんど一から機体を制作するのだ。昨年の飛行機の名は「Revival」。大会では、およそ3.8kmほど飛行して、人力プロペラ機部門の全体で4位という成績であった。また、チームの歴史・伝統を尊重した真摯な応援が評価され、SUPPORTER賞を受賞している。

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昨年、Meisterが制作した機体は、その名も「Revival」

コンテストに出場するまでの一年あまりに渡るサークルの活動の流れについて、代表の山﨑翔太さん(工学院機械系2年)が説明してくれた。それによると、大会前年の4月から機体のコンセプトを考え始め、設計を開始。夏休みに翼の強度実験などを実施して、9~10月から機体の製作に入り、併せて、その他の部品も作る。

そして、試行錯誤を経て、4月の初め頃に完成させ、一度組み立てを行い、4月の後半から、桶川の本田エアポートで試験飛行を実施する。そこで、実際に飛ぶかを確認して、パイロットの操縦の訓練等を行い、7月末に琵琶湖で開催される鳥人間コンテストに出場、本番に臨む。昨年は11月の主翼の強度試験に失敗したため、この3月にもう一度、主翼の試験にチャレンジする段取りになっている。

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代表の山﨑翔太さん(工学院機械系2年)

他大学などの競合チームと比較した際、Meisterの人力飛行機の特徴として挙げられることは、まず第一にゆっくりとした機速を生み出す、大きくて長い主翼と言える。必要な強度と剛性を保ちつつ、主翼に穴を開けて軽量化が図られている。また、回転のブレを補正するユニバーサルジョイントまで自作するほど、駆動系の技術力が高い。通常は部材にアルミを利用するところ、加工が難しくても、敢えて、比剛性の高いチタンを切削して利用している。

尾翼の制御にサーボモーター等の電気系統を利用しているのは、機能が盛り込みやすいというメリットがあるからだ。ちなみに今年の人力飛行機の制作では、主翼を内部で支えるパイプを2本にしたことで剛性を高め、分割部分の接合の精度向上が図られた。コックピットは、主翼と胴体の接合部を滑らかに包み込むような仕様に変更されている。

また、パイロットがペダルを漕いで動力化する際に必要なクランクを、アルミからカーボンにして軽量化している。

そして、電操班としては操舵系の部品の一部を、金属パーツに置き換えて耐熱温度を上げたり、胴体と尾翼の接合部分のリンク機構のパーツを、コンパクトでより軽量な構造に改善するべく見直しを行った。

電操班におけるMac活用の実際

Meisterの活動拠点は、東工大の大岡山キャンパスの正門から左手の道を進み、5分ほど歩いた左手の倉庫である。設計や機体の製作は、この倉庫の中で行われている。

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サークルの拠点~青い扉が目印のMeister倉庫

電操班の現役メンバーは全6名。皆さんが使用しているMacは、機体全体や細部におけるデザイン、操舵系のパーツの設計や規格の設定、また飛行に関するデータを取得するためのソフトの開発や、実際の飛行時の計測の場面でも使われているという。

Macは、すべてM1チップ以降のAppleシリコンが搭載されたMacBook ProやMacBook Airである。

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電操班の皆さんが使用しているMacBook ProやMacBook Airは、Appleシリコン搭載機

電操班で、主に使用しているソフトウェアは、基板設計CADの「KiCad(キーキャド)」、数値解析ソフトでありプログラム言語でもある「MATLAB(マトラボ)」、汎用的なプログラム言語の「Python(パイソン)」、ビジュアル・ワークスペースのツール「Miro(ミロ)」、3D CAD/CAM/CAE/PCBソフト「Autodesk Fusion」等である。また、チャットアプリの「Discord(ディスコード)」や表計算ソフトの「Excel(エクセル)」なども、よく使用されるとのことだ。

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センサーを使うための小さい基盤を設計する際などに、KiCadというソフトを使用する。電子部品を配置して、配線を施した回路図の3Dデータを作る
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パイロットに連絡して指示を送るために、操作状況(加速度や回転数)や機体の状況(航路や高度などの位置、姿勢、風の情報等)について、機体とボートで並走しながら、無線でリアルタイムにデータを取得して、数値化、視覚化するためのアプリを、MATLABで独自に開発した。MATLABはプロペラ班の設計でも使われている
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昨年、機体の設計を担当されたOBの西森勇也さん(情報理工学院数理・計算科学系3年)は、パイプの強度をどれくらいにしたら最適か、Mac上でMATLABを利用、プログラムを書いてシミュレーションすることにより、実際の設計に活かしたという。一般的なソフトよりマニアックな内容であるため、論文を見て、自ら数式に落とし込み、MATLAB上で計算した。
西森さんにMacで気に入っている点を伺ったところ、長時間の車中移動の際に、プログラムを書いて電子部品の開発を行う時でも、ディスプレイの表示が見やすくて、 目が疲れない。バッテリーの持ちも良く、動作も快適に、サクサクと動く点が良い、と話してくれた
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オンラインホワイトボードで、マインドマップのツールの「Miro」は、スケジュール管理を可視化するために利用されている
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尾翼構造の3Dデータの作成を、Mac版のFusionで行っている。
3D CadソフトのFusionは、飛行機の全体や個々のデザインで用いられ、電操班以外でも、様々な班で使用されている

Macを選ぶ理由については、「熱が発生しにくく、ファンの音が静か」、「コンパクトでスリムな筐体であるにも関わらず、Fusionなどの3D系ソフトが快適に動くこと自体がすごい」、「計算量が多いソフトを使った際も、バッテリーの持ちが良い。給電せずにスタンドアロンで使用していても、かなり長時間使用することができる」、「CPUの使用率もほどほどであり、最適化されたアーキテクチャとパフォーマンスの良さを感じる」などと話してくれた。

情報系の学科の学生は、Macの利用者が多いようだが、その理由の一つに、元々iPhoneのユーザーが多く、ほとんどの学生がiPadでノートアプリを使うため、Apple製品との親和性が良いことなどが挙げられるようだ。また、電操班では、「KiCad等を使用する際、iPadをデュアルディスプレイとして使うと、非常に便利」という声もあった。

今年の大会にかける思い

次に、電操班のメンバーに、今年のチャレンジへの抱負を伺ってみた。

鈴木悠太さん(工学院機械系2年):去年は色々とトラブルがあったので、今年はトラブルをなくしたいですね。電操班は操舵系統を作っているのですが、細部の確認を怠らずに、想定内の事故は防ぎたいです。万一の際の被害も最小限に抑えられる操舵をつくるべきだし、また、つくるつもりです。それから、パイロットに信頼されないといけないので、普段の行いは重要だと考えています。100%のものはないと思いますが、作った人への信頼こそ、その不足分を補うことになると思いますから、信頼される製作者になりたいと思います。

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鈴木悠太さん(工学院機械系2年)

長谷部匠さん(工学院機械系2年):実際の活動期間は2年と短いので、その中でどれだけ頑張れるかが大事ですね。昨年、作れなかったセンサーなどを今年は頑張って載せて、去年のリベンジを果たせるように頑張りたいと思います。

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長谷部匠さん(工学院機械系2年)

大会では、長く飛行したチームが勝者ということになる訳だが、サークルの目標としては、できれば「旋回(往復すること)」を達成したいという。その理由は、「旋回するには方向転換をする必要があり、難易度が高くなるので、あえてその高い目標に挑んでみたい」ということであった。

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サークルの拠点のMeister倉庫に掲げられていたホワイトボード

まとめ

筆者にとって、今回の東工大ものつくりサークルMeisterの取材は、人力飛行機の制作の実態に、初めて触れる機会でもあった。そこでは、設計や情報の分析などを担う「頭脳」、実際に機体を制作するための「手作業」、そして、完成した機体をまさに人力で飛ばす「肉体」と、チームの内のメンバーがそれぞれに重要な役割を果たしていることがわかる。

そして、本番当日は、それらの力を一つに結集させて、予測不能な環境やコンディションを乗り越えながら、一度限りの飛行に挑んでいくという、究極のチームプレーが要求される競技であることを知った。

サークル内の構成は、基本的には、各班による分業体制になっているが、連携も大切であり、手が空いている時は、手伝いながら協力して作業するという。

"Challenge & Creation"をモットーに、昨年のリベンジを図るMeisterの今年の大会における新たな挑戦と活躍に期待したい。

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Meister倉庫内の壁面には、サークルの人力飛行機制作と飛行の歴史におけるハイライト場面の写真が飾られていた
Macをものつくりに活用~鳥人間コンテストで優勝を目指す東工大の「Meister」[Report NOW!]説明写真
完成した昨年の機体を前に集合するMeisterの皆さんたち

WRITER PROFILE

染瀬直人

染瀬直人

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター、YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。GoogleのプロジェクトVR Creator Labメンター。VRの勉強会「VR未来塾」主宰。