デジタルサイネージにシールを貼って修正?

先日Twitterで、デジタルサイネージに関して気になるツイートがかなり拡散されていることを知った。東京駅のデジタルサイネージがディスプレイの表面に紙のシールを貼って修正されているというのである。当該ツイートは2023年2月23日に投稿され、3月12日午後の本稿執筆時点までに102.7万回の表示、4513件のリツイート、430件の引用ツイート、8806件の「いいね」が付いてしまっている。

ここでは元ツイートを掲載することは止めておくが、現場を確認するために3月9日に東京駅に向かった。

場所は東京駅の改札内、東北・長野新幹線の南乗り換え口とエキュートの間あたりだ。元々丸い柱があった場所に四角い壁で覆ってディスプレイが設置されている。表示されているのは東京近郊路線図のみで、他のコンテンツに切り替わることはない。それであれば内照パネルでいいと思うのだが、これは確かにLCDである。上部には「i」の表示があるので、他のコンテンツが表示されていたことがあるのか、もしかするとタッチパネル機能を持っているのかもしれないが定かではない。

東北・長野新幹線の南乗り換え口が左側に、写真右側にはエキュートの入口がある
八王子駅、立川駅付近の2箇所に貼られたシール
宇都宮駅付近にもう1箇所

確かにディスプレイ面には3箇所にシールが貼られている。これは2022年3月12日のダイヤ改正によって生じた次の変更に対応した修正のようだ。

  • 八高線・五日市線で中央線快速への直通運転を中止
  • 相模線で横浜線への直通運転を中止
  • 上野東京ラインが宇都宮から黒磯の運転を中止

このダイヤ改正は2022年3月なので、およそ1年間にわたってずっとこのままのようなのだ。

ここでいくつか問題がある。

  • 表示画面データを修正できなかったのか
  • 1年間も指摘がなかったのか

この2点について考えてみる。

なぜディスプレイに表示するデータを修正できなかったのか

このサイネージは広告媒体ではないので、多くの駅構内サイネージで広告媒体を運用しているJR東日本企画(以下:jeki)ではなく、JR東日本が管理しているものと思われる。jekiが扱う広告媒体ではこうしたことはありえないが、確かに鉄道事業者本体が管理しているこうした掲示物では、アナログの時代から切り貼りで対応してきた経緯があるのは承知している。大きなダイヤ改正以外に細かいダイヤ改正は頻繁に発生しているので、アナログの時刻表にはこうした切り貼り対応を見かけることはよくある。しかしデジタルの強みは、この切り貼りをなくすことである。オリジナルのデータを書き換えて、駅構内や他の駅にある膨大な数の修正を、ネットワーク配信で一度にかつ瞬時にすべて修正できることこそがデジタル化の大きな意義であり省力化やコスト削減になる。

修正された部分をよく見ると、決して手書きで書かれているのではなく、オリジナルデータ、もしくはそれに準ずるものをベースにして修正が施されているように見える。逆にこの修正シールはどうやって作成したのだろうか。普通に考えれば今どきオリジナルは何らかのデジタルデータで存在しているはずだ。修正箇所だけ修正することと全体を修正することは事実上同じである。修正データを表示システムにどうやって投入する仕様や運用になっているかは不明であるが、ネットワークに接続していなかったとしても、STBかPCにデータをUSBメモリーで投入するだけのはずだ。その修正にはどういうコストが必要なのか、保守運用が他社に業務委託されているのか、その場合には契約内容にもよるだろうが、いずれにしてもデジタル化の間違った使い方であると言わざるを得ない。あるいはそもそもデジタル化する必要がなかった事例なのかもしれない。

ここでこの路線図を詳しく見ていくとさらに気になることがある。ディスプレイは縦設置の9:16、つまり1080×1980ピクセルで表示されている。一方、JR東日本がインターネットで公開している執筆時点(2023年3月18日のダイヤ改正前)の路線図はこちらである。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

これは2012×1360ピクセルで書かれている。これをそのまま表示すると、縦が730ピクセルになるので、上下にそれぞれ625ピクセルずつの隙間ができる。

つまり縦設置ディスプレイに16:9の横素材を表示したようなレイアウトになる。それでも画面サイズが大きいので読めなくはなさそうだが、あまり美しいとは言えない。設置環境が縦設置である以上、路線図もそれに準拠したものを本来は用意をするべきである。それに対してここで使われている路線図は16:9ではなく、それよりはスクエアに近く上下方向が長いので上下の隙間が中途半端に小さい。この素材が他でどういう場面で使われているかは不明である。いずれにせよ、オリジナルデータはデジタルで存在しているはずである。

路線図はスクエアに近い画角

百歩譲ったとして内照式のアナログ表示であればシール処理でも目立ちにくいが、LCD画面に表示されているものに上から紙を貼り付けると、表示(発光)方式が異なるため、誰の目から見てもすぐに分かってしまう。さらに本件事例の場合、LCDの手前にガラスでカバーをしてあるためにディスプレイ面との間に隙間があるので、斜めの位置から見るとズレて見えてしまう。

正面から見ない限り、隙間があるのでシールが浮いて見えてしまう
こちらも浮いている

1年間も指摘がなかったのだろうか

そしてもう一つの問題として、どうして1年間も指摘がなかったのだろうかということだ。指摘はあったがこれはたまたまTwitterで誰も投稿をしなかった、あるいはそれが拡散されることがなかっただけなのかもしれない。ある程度詳しい関係者でないとこの違和感というか、本質的な問題を感じないというのはあるかもしれない。だがこれだけ違和感があるので当事者以外には誰も気がつかなかった、ということは流石にないと思うが、こうしてネタにされてしまったことのダメージは大きい。デジタルサイネージの訴求力はこの程度のものだとか、誰も見ていないのではないかというような、存在自体を問われることがないように願いたいものだ。

また、デジタルサイネージに故障が発生している場合に「調整中」という張り紙を見かけることが多いが、それ以上にこういう処置は媒体価値を下げる方向にしか作用しないのではないか。ディスプレイ自体が完全に故障して何も表示できない場合はどうしようもないが、ディスプレイは正常で、表示するべき信号が来ていない無信号状態であれば、ディスプレイがそれを検出して自動的にロゴなどを表示する例も増えている。それができないのであれば、紙を貼るという無様な姿を人目に晒すことになると理解をしてもらいたい。故障は当然起こり得るが、それでも掲示するなら「調整中」などという言い訳めいた表現ではなく、「故障中」と正直に書くべきだと思う。故障自体は何も恥じることではないのだ。それが無理なら何も掲示する必要はない。

この路線図に記載されている範囲では、2023年3月18日に京葉線に新駅、幕張豊砂駅が新たに開業するが、この際にはどういう対応をするのだろうか。

[3月23日追記]3月18日のダイヤ改正時に、シール修正ではなくデジタルデータが修正されました。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。