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デジタルサイネージに新しい利用目的が加わりつつある。新しい利用は「社会課題の解決のため」である。

これまでのデジタルサイネージの利用は、主に広告、販促、インフォメーション、エンターテインメント&アンビエントの4つに集約できていた。デジタルサイネージも昨今の社会情勢の影響を受けている。SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)をベースにして、企業活動におけるESG(Environment=環境、Social=社会、Governance=ガバナンス、企業統治)のような目標設定が注目をされている。そしてそれ自体がビジネスになりつつある。今回は社会課題の解決の目的のためのデジタルサイネージの3つの具体的な事例を紹介したい。

街の音を可視化する、聴覚障害者向けの「エキマトペ」

1つ目は聴覚に障害がある人向けの、その場の音を可視化する「エキマトペ」である。エキマトペは、駅のアナウンスや電車の音といったその場の環境音を、文字や手話、「オノマトペ」として視覚的に表現する装置だ。オノマトペとは擬音語や擬態語のことで、「ガーン」とか「ビューン」のようなもののこと。このオノマトペの駅サイネージバージョンがエキマトペである。

単一の無指向性マイクによって集音された音声をAIで分析し、各番線アナウンスを文字・手話動画化、および車両・ホームドア・スピーカーから鳴る音のオノマトペ化を行っている。また、駅員のマイクから取得した駅アナウンスをリアルタイムに文字に変換するほか、文章の意味に合わせてフォントを自動的に変化させる。

聴覚に障害がある人にとっては、こうした街の音を可視化することは、生活のライブ感、楽しさに直結する。そして健常者にとっても同様な体験になるのではないだろうか。

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手話とオノマトペが表示される。誰が見てもなんとなく楽しい

エキマトペは、川崎市立聾学校の子どもたちの「もっとこうなったら通学が楽しくなるのに」という声をなんとか形にしたいとして、富士通、JR東日本、JR東日本クロスステーション、大日本印刷によって実現されたもの。実証実験として2022年6月15日から12月14日までの間、JR上野駅に設置された。現在は設置されていないが、先日発表された2023年のデジタルサイネージアワードを受賞している。

実際の継続的な導入のためには、費用面をどうするかという課題があるはずだ。これについては最後にまとめて考察をしたい。

ジェンダーギャップの解消 生理用ナプキンを配布する「オイテル」

次に紹介する「オイテル(以下:OiTr)」は、生理用ナプキンをトイレの個室内で無償提供する事業を行っている。スマホアプリをダウンロードし、女子トイレ個室内に設置された端末にスマホを近づけると、生理ナプキンが無償で提供されるというサービスである。事業を維持するための費用を広告費で賄うというビジネスモデルである。

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丸いロゴ部分にスマホを近づけるとナプキンが出てくる

トイレというロケーションを広告媒体化したデジタルサイネージは現在でも複数行われている。それらとこのOiTrの違いは、前者は広告事業そのものが目的であるのに対して、OiTrは生理用品を配布することで、ジェンダーギャップを解消し社会課題を解決する、というもの。よってどちらも広告を掲出するという点は同じでも目指しているものが異なる。

OiTrのミッションは「社会課題をビジネスで解決する」ことである。しかし、ビジネス(経済)と社会貢献(社会)という二つの概念が必然的に相反する存在になりがちである。

そこでOiTrは、デジタルサイネージで広告をただ流すだけでなく、その広告によって生理用品の無料提供を可能にするという付加価値を持つことで、広告主からOiTrのデジタルサイネージ広告に理解を得ているそうだ。トイレ利用者がOiTrの広告を見ることで、自分だけでなく、生理用品を必要としている他の人々のためにもなっていると認識することで、広告主と視聴者が相互に利益を享受できる、バランスの取れた関係が生まれるのではないか。このバランスこそが、OiTrのデジタルサイネージの真の意義であり、その特徴なのである。

OiTrは「買い手である導入施設や広告出稿企業」、「売り手であるOiTr」、そして最終的に「利用者」、全てが満足できる「三方よし」な価値を生み出すことを目指している。この全体的な関係性の中で、長期的に持続可能なサービスを創り上げることがOiTrの目標であると同時に課題でもある。

OiTrは2023年5月末現在で、設置台数が179施設、2500台に達し、さらにアプリのダウンロード数が67万と順調に成長を続けている。今後のデジタルサイネージのビジネスモデルに一石を投じる存在になっていくことを期待している。

対面で使う、翻訳対応透明ディスプレイ「VoiceBiz UCDisplay」

3つ目は透明なディスプレイを介した状態で対面し、お互いに顔を見ながら会話をして、その内容を自動で翻訳して表示をする「VoiceBiz UCDisplay」だ。2023年の7月10日から西武新宿駅で実証実験を行っている。これは外国人観光客に対するサービス提供がユースケースである。もちろん耳が聞こえにくい人向けや発音に困難がある人のアシストもできる。

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大事なことは対面であることだ。まさに顔が見えるコミュニケーションは、言うまでもなく重要あり、機械翻訳だけでは伝わらないニュアンスをきちんと相手に伝えることができるからだ。

VoiceBiz UCDisplayは凸版印刷株式会社が開発したシステムで、話した言葉の翻訳結果を透明ディスプレイに表示することにより、対面での円滑な多言語コミュニケーションを実現する。翻訳エンジンは国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が研究開発したニューラル翻訳エンジンを採用している。

現在日本中に数多くの外国人観光客が訪れている。彼らは日本中で迷っていて、駅職員の方などが対応に追われている光景を本当によく見かける。JR渋谷駅の改札などは常に5組くらいが駅員と話す順番を待っているような状況だ。こうしたコミュニケーションギャップを減らすことも、デジタルサイネージの役割の一つになっていくのは間違いない。

社会課題の解決にビジネスとしてのデジタルサイネージができることを考えたい

現代の日本においては、高齢化と人口減少、所得格差、非正規雇用、教育格差、環境問題、自然災害、社会的孤立などなど、数え切れないほどの社会的課題が存在している。これらの解決にデジタルサイネージができることがもっともっとあるはずだ。今回の3つの事例からわかるように、ニーズというか、解決するべき社会課題はいくらでもある。問題はビジネスとして回せるかである。

OiTrの取り組みが社会的に評価され、企業がそれに賛同することが企業価値や企業評価の向上に繋がる循環が確立されるといい。そしてサイネージのクリエイティブにもある程度の変化が必要ではないかとも思う。広告メッセージとして、「株式会社◯◯◯はこのOiTrの活動を応援しています」というメッセージを明確に伝えるほうがいいのではないだろうか。クリエイティブごとゼロからOiTr専用にコンテンツ制作することはできないとしても、15秒とか30秒といった尺に縛られることなく、OiTr側がテンプレート的に協賛企業情報を掲出するなどの工夫があったらいい。

全く同じことがエキマトペにも言える。エキマトペは実証実験以降、具体的な設置には現時点でいたっていないようであるが、趣旨に賛同する企業は必ずあるはずだ。

こうした事例は、明らかに社会の変化によって今後も求められていく。ロケーション価値、リーチ、フリークエンシーといったものとは少し距離をおいたデジタルサイネージの利用が増加しているのは間違いないと考える。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。