寿司が流れる回転寿司サイネージのセレンディピティなメディア特性メイン写真

回転寿司チェーンのはま寿司「でも」デジタルサイネージで寿司が流れているとのことで、早速店舗で体験をしてきた。

はま寿司「でも」というのは、本稿では同じく回転寿司チェーン「スシロー」の、寿司が流れるデジタルサイネージ「デジロー」を紹介したので、そちらの記事も参考にしていただきたい。両者は微妙に異なっており、デジタルサイネージを利用した顧客体験の向上、DXやUXを考える際の有効なベンチマーク事例になるからである。

今回訪れたのは、はま寿司の環八大鳥居店である。環状8号線沿いで、京浜急行の大鳥居駅から歩いて数分の場所で駐車場もある。

サイネージディスプレイに寿司が流れる様子

ディスプレイのサイズは幅がおよそ60cm、高さがおよそ6cmである。ここに寿司などの商品が右から左にゆっくりと流れていく様子が表示される。ディスプレイはタッチパネルになっていて、商品にタッチすると注文画面に遷移し、個数を指定して注文ができる。流れている商品は逆回転というか、早送り巻き戻しをするように左右方向に自由に動かすことができる。

左右に寿司を移動させるところと、商品の到着通知の様子

注文している様子

テーブル席にもう1面、タブレットを利用したタッチパネルの注文端末もあり、寿司が流れるディスプレイとの間には注文した寿司が運ばれてくるコンベアがある。

寿司が流れる回転寿司サイネージのセレンディピティなメディア特性[江口靖二のデジタルサイネージ時評] Vol.92
テーブル席の2面のディスプレイのレイアウト

タブレット端末は最近のチェーンストア系の飲食店ではよく見かけるものと基本的に同じで、デジタルメニューと注文端末の両方の機能を持っている。メニューは階層構造になっている。また一定時間操作がないと、その時のプロモーション商品が表示される。操作感も含めて一般的なものだ。

寿司が流れる回転寿司サイネージのセレンディピティなメディア特性[江口靖二のデジタルサイネージ時評] Vol.92
タブレット端末の画面や操作感はごく一般的

寿司が流れるディスプレイ1面だけでも商品を知ることができるし注文もできる。にも関わらず2画面目のタブレットがなぜ設置されているのか。これは現場で体験してみないとなかなかわかりにくい。

まずは一覧性の問題。流れるディスプレイは表示数も少なく、流れていってしまうのでタイミングを逃しやすい。そして例えばサーモンが気になったとしても、流れるディスプレイではサーモン系だけでも何種類もあることは寿司の映像はすぐに流れていってしまうのでわかりにくく、比較検討しにくい。

ビールを注文しようと思っても、流れる方のディスプレイには一度に6商品しか表示されないので、数えてはいないが相当数の商品ラインナップがあるため、順番に流れてくるのをじっと待っていると、いつまでたってもビールが注文できないということが起きる。左右方向に動かすことは可能だが、かなりの移動距離があるので腕が疲れてくるし、だんだん面倒になってくる。

一方、タブレットであれば映像は動かないので自分のペースで探したり比較することができる。まさにオンデマンドサービスである。

寿司が流れる回転寿司サイネージのセレンディピティなメディア特性[江口靖二のデジタルサイネージ時評] Vol.92
サーモンが流れてきて気になってもすぐに通り過ぎてしまうし、一覧性が低い
寿司が流れる回転寿司サイネージのセレンディピティなメディア特性[江口靖二のデジタルサイネージ時評] Vol.92
タブレットは一覧性も高く、じっくり考えることができる

回転寿司では我々はどういう体験をしていたのか思い出してみよう。当初はほぼカウンター席で、眼の前のベルトコンベアを小皿に乗せられた寿司が移動していく。食べたい寿司が通過するときに皿を手に取る。回転寿司が登場する以前の寿司屋における、オンデマンド注文や松竹梅のようなセットメニューとも異なる体験であった。

やがて衛生上や時間管理の問題などから、寿司は次第に流れなくなっていった。タブレット端末によるオンデマンドなオーダーが主流となり、寿司は自分の席の前でコンベアが停止するようになった。

こうした自動化、無人化によって便利になったのと同時に、失われたことがある。それが偶然の出会い、セレンディピティという側面だ。これは回転寿司という業態にとっては、かなり重要な要素であったようにも思える。

アナログ時代の回転寿司では、もともと想像は予定していたわけではなく、たまたま眼の前を流れてきた寿司に反応して、皿を取った経験は誰にでもあるだろう。これがオンデマンド化によって失われつつあるのではないか。

回転寿司におけるこうしたディスプレイ端末の役割には、選択と注文という2つの要素があり、選択に関しては能動的な選択と受動的な選択があるわけだ。能動的な選択はタブレットが担い、受動的な選択は超ワイドタッチパネルが担っている。

こうしたオンデマンド時代におけるセレンディピティというのは、とても重要なことではないかと思う。回転寿司に限らず、たとえば映像視聴やコンテンツ消費も、思いもよらないものとの出会いが少なくなっている部分は否めない。そういう点ではデジタルサイネージは本質的にセレンディピティなメディアである。

はま寿司の事例は、アナログ時代の回転寿司のUIやUXを、デジタルを駆使して再現、置き換えたものである。これから回転寿司でデジタルを駆使した次の進化があるとすれば、実用性ではなく個別配送可能なコンベアを活用したエンタメ性ではないかとも感じた。

なお、寿司が流れるサイネージが設置されているのはテーブル席だけで、カウンター席にはタブレットのみなので、体験をする場合は必ずテーブル席を指定する必要がある。

寿司が流れる回転寿司サイネージのセレンディピティなメディア特性[江口靖二のデジタルサイネージ時評] Vol.92
テーブル席の様子
寿司が流れる回転寿司サイネージのセレンディピティなメディア特性[江口靖二のデジタルサイネージ時評] Vol.92
カウンター席にはタブレットのみ

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。