2023年11月24日に麻布台ヒルズがオープンした。ここには主張するようなデジタルサイネージは、コモンスペースはもちろん個店にもほとんどない。20年前にオープンした六本木ヒルズのサイネージは非常に先進的だったが、ここから20年先を見ている麻布台ヒルズでは、デジタルサイネージは設置しないのがクールと言わんばかりなのだ。
森ビルの再開発とデジタルサイネージ
麻布台ヒルズは東京都港区の神谷町駅、六本木一丁目駅、外苑東通りに囲まれたエリアの再開発事業で、事業主体は森ビルである。
森ビルのこれまでの主な再開発事業としては、1986年に赤坂アークヒルズ、2003年に六本木ヒルズ、2014年に虎ノ門ヒルズ、そして2023年に麻布台ヒルズへと継続されている。それぞれの再開発は、それぞれの時代の空気感を少し先取りしながら、そして色濃く映し出している。この麻布台ヒルズはこれまでの集大成とも言うべき規模と内容の事業である。
森ビルの再開発において、デジタルサイネージについてはどういった歩みだったのか。2003年の六本木ヒルズでは、大画面ビジョンと200台にも上るサイネージ端末が設置され、そこにいる人々に様々な情報発信を行う先駆けというべき事例であった。東日本大震災のときには、独自に地下鉄運行状況を取材して、六本木ヒルズ内のデジタルサイネージで提供した。その後、このスタイルが他の再開発事業や、ショッピングモールでのデジタルサイネージ利用の標準形として定着した。
では今年2023年の麻布台ヒルズでは、デジタルサイネージはどうなっているのか、どんな最先端技術が投入されているのかと期待しながら、麻布台ヒルズを訪れてみた。
面数は多いが主張しないデジタルサイネージ
まず驚いたのはLED大型ビジョンが麻布台ヒルズには1台もないことだ。設置できるスペースはいくらでもあるにも関わらず、1台もない。普通に想像するのなら、あらゆる場所がLEDディスプレイ化されていて、空間演出を中心にして様々な情報提供が行われているのだろう、と思っていたので非常に驚いた。
六本木ヒルズと同じように麻布台ヒルズも回遊型の街であり、何度来ても楽しめるようにという考え方から、あえてわかりにくく、変化に富んだレイアウトになっているのは事前の情報通りである。ということは、たぶん世界で最も使われているタッチパネルによるフロアマップである、本稿でも紹介した、ロンドンのWestfield London Shopping Centreのようなものがあちこちに設置されているのではないかと思っていた。
ところが実際にはまったくそうではなかった。
フロアガイドはもちろんあるが、タッチパネルではなく、静止画1枚だけなのである。縦型筐体タイプはもちろん、タッチパネルっぽく斜めに設置されたものでさえ静止画だけだ。ではこれはアナログ時代の内部照明型のパネルなのかと思って確認すると、4KのLCDなのである。これは将来的にサイネージっぽく動かす考えがあるのではなくて、メンテナンスコストを考えた結果なのだろう。おそらく、これも、本稿で紹介した東京駅のようなことを避けたいのではないか。
デジタルは情報書き換えの効率化に利用
麻布台ヒルズに多数設置されている、縦置きの筐体によるデジタルサイネージの利用目的は、
(1)MAP
(2)SHOPS&RESTAURANTS
(3)FLOOR GUIDE
(4)INFORMATION
の4種類であり、それは各ディスプレイに明確に表示されている。
これら4種類の筐体デザインは共通化されていて、台数は不明だが館内のあちらこちらに配置されている。それぞれの表示内容は、(1)MAPは麻布台ヒルズ全体のマップで静止画のみ。
(2)SHOPS&RESTAURANTSも静止画で、1台で画面が切り替わるところと2台設置されているところがある。SHOPS&RESTAURANTSの端末には、全部ではないが一部にカメラが搭載されている。これが何をしているのかは不明で、(一社)デジタルサイネージコンソーシアムが規定しているセンシングサイネージガイドラインに関する情報は提供されていない。
(3)FLOOR GUIDEはそのフロアまたは近隣のフロアマップで静止画のみ。
(4)INFORMATIONの端末だけが唯一「デジタルサイネージ的な利用」で、動画が表示されている。ここでは自社広告的な情報(ミュージアムのイベント情報など)と、純広告が表示されている媒体となっている。
つまり(1)から(3)は、アナログ時代の案内板と同じような使い方をしているということだ。デジタル的な利用としては、テナントのオープンや入れ替えなどがあった場合に、複数面の修正が簡単であるという点だけだろう。これだけでも手間とコストを考えれば十二分に意味がある。
MAP以外の3面がどのように表示されているのかを動画でごらんいただきたい
この他には、各階のエレベーターホールに設置されているインフォメーションと、神谷町駅からのアクセス動線の先、B1FにあるLCDによる8面マルチがある。ここだけが大画面であるが、なぜLEDでなくベゼルが目立つLCDなのかはわからない。なお街区全体が複雑な配置であることと、まだオープンしていない区画も多く、オフィスエリアやレジデンシャルエリアには入ることができないので、見落としはご容赦願いたい。
施設内のトータルの情報量が管理されているのかもしれない
それぞれの筐体はオリジナルでデザインが施されていて、そのデザインは壁面の意匠とも共通化されている。筐体周りも電源やネットワークのケーブル類はすべて床面から直接筐体内に収容されていて、外部には何も露出していないとてもスッキリとした構造になっている。
麻布台ヒルズのこうしたサイネージ群は、設置台数はかなりの数になる。加えて大事なことは、空間内に他の看板やポスター類による視覚情報が少ないので、サイネージが非常に効果的に認識できる。これはひたすらごちゃごちゃした、他の多くのショッピングモールや駅とは全く異なるものだ。もしかしたら麻布台ヒルズもしばらくすると、知らないうちに通路に立て看板が置かれ、壁面に無駄なポスターがベタベタ貼られてしまうのかもしれないが、森ビルはそういう点はしっかり管理していくのではないだろうか。
また、飲食やファッションなどの各テナントの店舗においても、昨今のショッピングモールのそれとは全く異なり、ほぼどこにもディスプレイを設置している店舗がないのである。LEDディスプレイだらけのファッション系店舗や飲食店が非常に多い状況とは、驚くほど対象的な光景なのである。これらは偶然なのか、森ビル側が一定のレギュレーションを用意しているのか。来春以降にメガブランドが何店舗もオープンするので、そこがどういう対応になるのか興味深い。
デジタルサイネージはすでにクールではない?
麻布台ヒルズはシンプルでとても落ち着いた大人の空間である。空間にはゆとりがある。その一方で、各テナント個店はどちらかというと小さめだ。特に飲食店はどこも大きくない。客単価はかなり高いが、あの程度のキャパシティーならタクシーで15分圏内の富裕層を中心に十分席は埋められるからだろう。
麻布台ヒルズには「主張するサイネージ」はない。空間演出をディスプレイで行うことはない。ここにあるサイネージはあくまでもアナログ的である。デジタルモノは2024年2月にオープンする「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」に任せたということに思える。
麻布台ヒルズは全国各地に点在しているショッピングモールとは確かに別の存在だ。ある意味ハイエンドである。そしてそれは、20年前の六本木ヒルズのサイネージの使い方がそうであったように、徐々に裾野を広げてコモディティー化していくのだろうと感じるのである。
オープンして間もないので、いまは来場者全員がとにかく迷っている。そもそもわかりにくくすることが狙いでさえあるから、なおのことである。
こうした迷える人たちに対して、今回のようなアナログサイン計画とデジタルサイネージで何か不自由があるか、フロアガイドがタッチパネルのインタラクティブだったら使いやすいか、有人案内カウンターではなくAIコンシェルジュ端末があれば求めている答えが得られるのか、QRコードだけを掲示してあとは歩きスマホでよろしくが正解なのか、ということを考えてしまった。もちろん答えは確実にノーなのである。