制作者が選ぶ映像から、視聴者が選ぶ映像へ
ライブ配信は普及した一方で、制作手法はテレビ中継の延長線上にある。JVCケンウッドの「yourLIVE」は、複数の映像から視聴者自身が見たいアングルを選べる新しい配信サービスだ。視聴体験を変えるだけでなく、配信制作やビジネスモデルにも新たな可能性をもたらしている。
JVCケンウッドのマルチアングル配信サービス「yourLIVE」は、「見たい映像は人によって違う」という発想から生まれたサービスだ。複数のカメラ映像を同時に配信し、どの映像を見るかを視聴者自身が選択する。しかも、スマートフォンやモバイル回線を活用することで、大規模な中継設備を必要とせずに導入できる点も特徴だ。
取材を通じて見えてきたのは、yourLIVEは単なるマルチアングル配信サービスではないということだ。視聴者体験だけでなく、配信制作のコスト改善、さらにイベント時間分のPR広告枠で収益モデルそのものを変える可能性を秘めている。
カメラメーカーから「映像活用」を支える企業へ
JVCケンウッドと聞くと、JVCやビクターブランドのビデオカメラや業務用映像機器を思い浮かべる人も多いだろう。
同社は長年にわたり映像業界で培ってきた技術を活用し、新たなサービス事業へと展開している。その一つがyourLIVEだ。
同社はスポーツ分野での映像センシングやハイスピード撮影などを通じて、「撮影した映像をどのように活用するか」という領域に早くから取り組んできた。
yourLIVEの商用サービス開始は2023年4月。しかし、そのルーツは2013年頃までさかのぼる。
当時、JVCケンウッドは配信プラットフォームに対し、カメラからインターネットで映像や時刻情報を送る技術面で協力していた。その後、研究開発や実証実験を重ね、配信サービスとして再構築したのが現在のyourLIVEである。
JVCケンウッド メディア事業部の伊藤健一氏はこう語る。
伊藤氏:私たちはもともと映像を作る側の会社でした。カメラ事業には一区切りを付けましたが、映像に関する技術やノウハウは残っています。それを活用して、新しい映像ソリューションとして展開している取り組みの一つがyourLIVEです。
つまり、カメラを売る会社から、映像体験そのものを支える会社へ——。yourLIVEはその象徴的なサービスと言える。
「全員を映す」という新しい価値
yourLIVEの最大の特徴は、「誰を映すか」「何で映すか」を決めないことにある。一般的なライブ配信では、複数のカメラ映像をスイッチャーで切り替えながら一本の映像にまとめる。そのため、画面に映るのはどうしても注目選手や人気出演者が中心になる。しかし、yourLIVEでは各カメラ映像を個別に配信し、視聴者が自由に選択できる。
例えば体操競技。会場内では床運動、跳馬、鉄棒など複数の競技が同時進行する。一つの映像ですべてを追うことは難しく、通常の中継ではどうしても有力選手中心の構成になる。一方で、全国大会に出場すること自体が、多くの選手や家族にとって大きな意味を持つ。
伊藤氏:全国大会には100人以上の選手が出場します。しかし中継に映るのはその一部です。でも、一人ひとりに応援している人がいる。全員の映像を用意できれば、それぞれが見たい選手を選んで見ることができます。

事例:体操競技 第63回体操NHK杯
この考え方は、スマートフォン時代の視聴スタイルとも親和性が高い。私たちは日常的に、自分に関係のある情報を自分で選んでいる。SNSもニュースも動画も同じだ。それにもかかわらず、ライブ映像だけが「全員に同じものを見せる」必要があるのだろうか。yourLIVEはその問いに対し、新しい答えを提示している。
2つの視聴スタイルで多様なコンテンツに対応
yourLIVEでは大きく分けて2種類の視聴スタイルを提供している。
一つ目は「マルチスクリーン」。
複数のカメラ映像を一画面に並べて表示する方式で、イベント全体の状況を一覧できる。
駅伝であれば各中継所、陸上競技であればトラック競技やフィールド競技などを同時に確認できる。イベント会場であれば複数エリアの状況確認にも活用可能だ。
もう一つが「セレクトスクリーン」。
視聴者自身が見たい映像を選び、メイン画面として大きく表示できる仕組みである。体操競技の種目選択や、舞台・ライブにおける"推しカメ"との相性が良い。さらに画面デザインやレイアウトも柔軟にカスタマイズできる。
例えば一般視聴者向けには基本アングルのみ、有料会員には追加カメラを提供する。あるいは出演者ごとに専用画面を用意することも可能だ。
重要なのは、映像そのものを作り直す必要がないことだ。同じ映像ソースで、視聴者ごとに異なる視聴体験を提供できる。つまりyourLIVEは単なるプレイヤーではなく、主催者や配信事業者が独自の視聴体験を設計するためのプラットフォームなのである。
スマートフォンが変える配信現場のリアル
yourLIVEの大きな転機となったのが、スマートフォンだ。当初は業務用カメラやPTZカメラを使用していたが、複数地点へ設置する場合は機材搬入や電源確保、回線準備など多くの作業が必要になる。
そこでスマートフォン、三脚、モバイルバッテリー、キャリア回線やモバイルWi-Fiなどの通信回線を用意し、スマホアプリを起動するだけで映像を送出できる。
伊藤氏:競技ごとにスマートフォンを一台置けばいい。もちろん業務用カメラと比べれば画質は異なります。しかし、そのイベントを見る人の多くはスマートフォンで見る今の状況を考えると十分ではないかと考えました。
通信回線も柔軟だ。モバイル回線やWi-Fiだけでなく、有線LANやStarlinkにも対応。さらに既存の業務用カメラや自動追尾カメラもRTMPやSRTで接続できる。スマートフォンから手軽に始められ、必要に応じて業務用システムへ発展できる拡張性を備えている。
また、yourLIVE専用の機材を必要としないとため、導入コストのハードルは大きく下がる。


また、重要なのは「最高画質を目指すこと」ではなく、「誰が何のために見るか」という視点だ。yourLIVEは、4K配信も可能だが、スマートフォン視聴が中心のイベントで本当に必要なのか。技術視点の画質競争ではなく、視聴者を主役として「見たい映像を届けること」に価値を置いている。
配信現場の働き方も変える。そして収益構造も変える
yourLIVEが変えるのは視聴体験だけではない。配信制作のワークフローにも大きな変化をもたらす。
従来のライブ配信では、カメラマンやスイッチャーなど、多くのスタッフが現場に常駐する必要があった。しかし、yourLIVEではスマートフォンを設置し、スマホアプリを設定しておけば、配信開始や停止、映像データの確認などを遠隔から行える。さらに、視聴者自身がカメラ映像を切り替えるため、制作側がすべての映像をリアルタイムでスイッチングし続ける必要もない。
伊藤氏:現場にスタッフを張り付けなくても状況を把握できます。同じ会社が複数地域の配信を同時に担当できるようになれば、これまで一案件しか受けられなかった会社でも、複数案件を並行して運営できる可能性があります。
どこにカメラを設置するか、どの映像を見せるか、どのような画面構成にするか—そうした設計は、これまで以上に重要になる。省人化というより、人の役割が「撮る」から「設計する」へ移っていくと言った方が正しいだろう。
「YouTubeで十分」だったイベントに新しい選択肢を
高品質なマルチアングル配信システムは以前から存在している。しかし、それらは放送品質を前提とした大規模システムが中心であり、地域大会や学校行事、小規模ライブなどには導入コストがネックで諦めるケースは少なくない。
yourLIVEが目指しているのは、そうしたハイエンドシステムの代替ではない。
と伊藤氏は、その立ち位置を表現する。確かに遅延性能や画質だけを比較すれば、専用設備には及ばない部分もある。しかし、地域大会や学校行事では、リアルタイム性以上に「見たい人が見られる」ことの方が重要になるケースも多い。
一本の高品質な映像を作るのか。必要十分な品質で複数の映像を届けるのか。yourLIVEは、その新しい選択肢を提示している。
yourLIVEの特長がマッチするひとつがスポーツ競技だ。例えば体操では、競技エリアごとにスマートフォンを設置し、各種目を個別に配信している。通常のテレビ中継では、有力選手以外の演技はほとんど映らない。しかしyourLIVEでは、家族や友人が応援する選手を自由に選んで視聴できる。ライブだけではなく、大会終了後にアーカイブで複数の選手を見返す利用者も多いという。
この考え方は体操だけではない。駅伝では後方の学校がたすきをつなぐ瞬間、テニスや卓球では複数コートで同時進行する予選試合など、これまで中継では取り上げられなかったシーンにも価値がある。
yourLIVEは、ネット配信ならではの柔軟性を活かし、「映らなかった人」にも映像の入り口を用意する。それは従来のライブ中継にはなかった新しい価値と言えるだろう。
さらに注目すべきは広告枠の拡大による収益力のアップだ。さが桜マラソンの配信では、マルチアングルのひとつを広告枠にして、7時間分の情報を発信している。広告枠として販売することにより運用コストの回収、コスト削減を図ることができる。また1年間アーカイブ配信を続けるため、企業としてのメリットは大きい。
イベント運営を支える新しい使い方と収益構造
yourLIVEの用途はスポーツやライブ配信だけにとどまらない。地域イベントや音楽フェスでは、会場内の複数エリアを映像で確認し、来場者が混雑状況や進行状況を見ながら移動するための情報として活用できる。
ライブハウスを巡る音楽イベントでも、各会場の進行状況を映像で確認できるため、来場者は次に向かう会場を判断しやすくなる。
さらに運営側にとってもメリットは大きい。広いスポーツ施設では、飲食エリアやグッズ売り場、駐車場、シャトルバス乗り場など複数地点を遠隔から確認できる。混雑状況やトラブルをリアルタイムで把握できるため、イベント運営の効率化にもつながる。

配信ビジネスを継続するための仕組みとマネタイズ
地域イベントや学校行事では、「配信したい」という思いがあっても、人件費や機材費の負担から継続できないケースが少なくない。伊藤氏が繰り返し語っていたのは、配信事業者がボランティアではなく、きちんと事業として成り立つ仕組みを作りたいという考えだった。現場スタッフを減らし、一社で複数案件を担当できれば、一件あたりのコストは下げられる。さらに、出演者別アーカイブや会員限定映像など、新たな商品を生み出せる可能性も広がる。
yourLIVEが収益を保証するわけではない。しかし、「一本の映像の販売のみ」という従来のライブ配信から、「複数の視点を商品化する」という新しいビジネスモデルを実現する基盤にはなり得る。
また、映像制作の世界では、高画質・低遅延・安定性が長く追求されてきた。その価値は今後も変わらない。一方で、オンライン会議やスマートフォン配信が当たり前になった現在、視聴者が求める価値も変わりつつある。最高画質で一部の選手だけを映すのか。視聴ツールに応じた最適な画質で、すべての選手を映すのか。
大会を見たい人が本当に求めているのは、必ずしも優勝候補だけではない。家族や仲間の数分間の演技を、確実に見られることかもしれない。yourLIVEは、「映像品質とは何か」という問いに対して、新しい視点を投げかけている。
まとめ─映像を届けるから、「選んで見る」時代へ
何より印象的だったのは、「誰を映すか」という考え方そのものを変えようとしている点だ。
トップ選手だけではなく、すべての選手を。
メインステージだけではなく、複数の会場を。
一つの正解ではなく、それぞれが見たい映像を選べる体験を提供する。そこに主催者、配信側にはマネタイズの道も開かれる。
伊藤氏はyourLIVEを「道具」と表現した。その言葉どおり、このサービスは完成された答えではない。スポーツ、舞台、音楽ライブ、学校行事、地域イベント─現場のクリエイターや配信事業者がアイデアを加えることで、新たな活用方法が生まれていく余地を残している。
JVCケンウッドがyourLIVEで目指しているのは、新しい配信サービスを売ることではない。「100人いれば100通りの"見たい"がある」という時代にふさわしい映像体験を実現するための基盤を提供することだ。
ライブ配信は今、「一本の映像を届ける」時代から、「一人ひとりが見たい映像を選ぶ」時代へと歩み始めている。さらに次回は現場での模様を交え、お伝えしたい。

