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Adobe Fireflyで生成

年初なので、2024年からのデジタルサイネージの方向性について改めて考えてみたいと思う。というのも筆者が感じている課題として、コロナ開けの昨年前半くらいから、デジタルサイネージ周辺でのイノベーションが減っているのではないか、と感じているからである。

まず、この20年ほどのデジタルサイネージの変遷を振り返っておきたい。明確にその年から始まったとは言い切れないものもあるが、おおよその変遷として見ていただきたい。

  • トレインチャンネル(2002)
  • デジタルサイネージコンソーシアム設立(2007)
  • インターネットに接続(2010)
  • QRコード連携(2010)
  • 柱巻きビジョン(2011)
  • 東日本大震災(2011)
  • タッチパネルサイネージ(2012)
  • 東京駅プロジェクションマッピング(2012)
  • スマホアプリ連携(2012)
  • ビーコンテクノロジー(2014)
  • Webベースサイネージ(2015)
  • ライブビューイング(2017)
  • リテールサイネージの拡大(2018)
  • センシングサイネージ(2019)
  • ダイナミックサイネージ(2019)
  • コロナによるステイホーム(2020)
  • オーディエンスメジャメント(2021)
  • LEDの普及(2021)
  • 3D猫(2021)

こうして振り返ってみると、2007年以降はコンスタントに新しい技術やサービス、利用が登場していることがわかる。コロナによるパンデミック下では、デジタルサイネージ業界はステイホームにおけるアウトオブホームにどう対応するかという厳しい課題に直面したが、それもなんとか乗り切ってきた。だが、2022年から23年にかけては、次の10年を牽引するイノベーションが少なくなっているように思われる。

本稿は毎月更新をしているので、直近の1年間、2023年に公開した記事のタイトルを書き出してみる。

こうして昨年2023年のトピックスを書き出してみると、どちらかというとネガティブな内容も目立ってしまう。新規性という視点では「デジタルサイネージを社会課題の解決に活用する」「伸びしろのあるロケーションとしての天井面」というテーマがあった。やはり全体として大きなトピックスやイノベーションが見えてはいないのではないだろうか。

これからのイノベーションが期待されるデジタルサイネージ領域

では、2024年以降のデジタルサイネージに期待されるイノベーションについて、複数の視点から考えてみる。

LEDビジョンの普及拡大

これは数年前からの傾向であり、今後さらにデシタルサイネージにおいてLEDディスプレイが普及していくのは確実である。ポイントとしては次のような点が期待される。

  • 異型
    16:9という画角にとらわれないロケーション開発とそれに最適化したコンテンツ開発
  • 天井
    軽量化による未開拓のロケーション開拓
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様々な異型のLEDディスプレイ

AIの利用

デジタルサイネージにおけるAIの利用には大きく次の2つの方向性がある。

(1)データ分析に利用する

AI技術は大量のデータを高速で正確に分析できる。デジタルサイネージ業界では、エンゲージメント、インプレッション、コンバージョンなどの指標を基に、視聴者の相互作用データを分析することでコンテンツの効果を測定し、貴重な洞察を得ることができる。これらはさらに、センサーとの組み合わせによって、リアルタイムでインタラクティブなフィードバックが可能になる。これにより、情報提供者は即座にデザインや配置を最適化し、効果的なコンテンツを提供することができる。

データ分析を視聴計測、オーディエンスメジャメントに活用する動きも広がるだろう。例えばLIVE BOARD社では、OOHグローバルメジャメントガイドラインにて推奨されている、視認調査に基づく視認率を加味したインプレッション(VAC=Visibility Adjusted Contact /のべ広告視認者数)を採用している。

※デジタルサイネージの視聴分析のための参考情報として、World Out Of Home Organization(WOO)から、主に広告媒体向けのメジャメントのガイドラインである「GLOBAL OOH AUDIENCE MEASUREMNET GUIDELINES」の日本語版が、一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアムから発行されている。

媒体の視認エリアの中にいる人数(OTS=Opportunity to See)のうち、OOH広告に接触する可能性のある延べ人数(OTC=Opportunity to Contact/視認エリア内での移動方向や障害物の有無を考慮)を定義。この数に媒体に応じた視認率を加味することで、実際に広告を見るであろう延べ人数(VAC)を推計している。この先にはコンテンツの出し分けや、最適化されたコンテンツの自動生成が待っている。

(2)コンテンツの自動生成に利用する

2019年頃から、動的(ダイナミック)にコンテンツを生成するダイナミックサイネージが数多く登場してきた。これらの多くは天候や気温、年代性別、人数などの外部データを、記号や数値化、コンテンツ化してリアルタイムで表示するものだ。カメラやセンサーなどで取得したリアルタイムデータを生成AIに渡すことで、自然な動画コンテンツをリアルタイムで生成することができるようになる。

アウトプットとしては、リアルなデジタルヒューマンやアバターが、リアルタイムかつインタラクティブにデジタルサイネージで情報を伝えることができる。これはコンテンツ制作におけるコストセーブと、クリエイティビティーの両立を実現できるはずである。

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最新の動画生成AIのひとつ「Pika 1.0」

つまり、映像制作における撮影から編集MAまで、すべてを生成AIで完結させることで、コンテンツを完全自動生成するようなことが現実味を帯びている。というか、やればもうできる。現状ではアウトプットされるコンテンツのクオリティーは低レベルだが、生成AIに食わせるいわゆるプロンプトを工夫するだけでもクオリティーはかなり向上する。

映像制作において極端に高いクオリティーが求められないデジタルサイネージコンテンツこそが、こうしたフルAIによる安価で無限のコンテンツの自動生成が最も必要とされていると考えるべきだ。

課題は、デジタルサイネージ関係者がこのことを理解できていないので、周りからのアプローチが必要な状況にあることだ。

XRとの融合

XRは「Extended Reality/Cross Reality」の略称で、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)などの先端技術を包括した総称であると、ここでは定義しておく。XR技術が進化する中で、デジタルサイネージがリアルな物理的な空間と、オンライン上のバーチャル空間を溶かしたり、融合させたりすることがより現実味を帯びてくる。

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リアルタイムの3Dキャプチャデータをゲーム空間にマージするCondenseのREALITYのデモ映像より

こうしたバーチャルの世界は、ヘッドマウントディスプレイやグラス型ディスプレイの中だけに閉じた状態では、その広がりや一般性が限定される。それだけではなく、たとえば街ナカのLEDディスプレイとオンラインゲーム空間がマージしたり、リアルな小売店舗とオンラインのコマースサイトが融合させたりすることがすでにできるようになっている。

その背景には、生成AI技術やディスプレイ技術はもちろんだが、バーチャルプロダクションやボリュメトリックキャプチャなどの最新の映像制作技術も駆使されていくべきだろう。

デジタルサイネージ関係者以外に、すべての映像制作者のみなさんに、テレビ画面やスマホ画面の中に閉じない仕事を創り出す手伝いをしていただきたいと切に願っている。

持続可能性への注力

世界的な環境への配慮が進む中で、省エネルギー型のディスプレイやリサイクル可能な素材の利用が一般的になるだろう。具体的な例として、太陽光発電や省エネルギー技術を活用したデジタルサイネージが導入され、環境負荷を軽減する取り組みヘの対応が求められることになる。これには真摯に向き合う必要がある。

これらによって新たにもたらされるイノベーションは、デジタルサイネージの役割をさらに拡大し、ユーザーエクスペリエンスの向上や新たなビジネスモデルの構築に寄与することが期待される。デジタルサイネージは、これからも進化し続け、多様な技術とサービスとの融合によって、未来のコミュニケーション手段として重要な位置を占めるためにも、こういった点に注力することが必要である。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。